朝の光のなかで見上げた紫のカーテン
五月の終わり、少しだけ風がやわらかく感じられる朝だった。
散歩道を歩いていると、ふと目に留まったのは、頭上から静かに降り注ぐように咲く藤の花だった。
長く垂れ下がる花房は、まるで空から紫色の雨が降っているようだった。淡い香りが風に乗って漂い、歩く速度まで自然とゆっくりになる。
藤の花には、急いで咲こうとする気配がない。誰かに見てもらうために背伸びをするわけでもなく、ただ季節が来たから静かに咲いている。その姿が、なぜかとても美しく見えた。

花の下で出会った小さな会話
藤棚の下に置かれた木のベンチに腰を下ろしていると、一人の年配の女性が隣に座った。
「毎年ここへ来るんですよ」
その人は藤を見上げながら、穏やかに話した。
「若い頃は、花を見る時間なんてありませんでした。でも年齢を重ねると、花が待っていてくれることに気づくんです」
その言葉が心に残った。
忙しい日々では、何かを早く手に入れようとしてしまう。結果を急ぎ、人と比べ、自分の時間まで急がせてしまう。
けれど藤は違う。
長い時間をかけて枝を伸ばし、季節を待ち、咲く時が来たら静かに美しさを見せてくれる。

藤色の風が運んできたもの
しばらくすると風が吹き、花房がゆっくり揺れた。
紫色の影が地面に揺れて、光と花が静かな模様を描いていた。
その瞬間、不思議と胸の中にあった焦りが少し薄れていく気がした。
人生にも藤の花のような時間があるのかもしれない。
目立たなくても、進みが遅く感じても、見えない場所で根を張り続ける時間。
咲く時期は、人それぞれ違っていい。
藤の花は、そんな当たり前だけれど忘れがちなことを、言葉ではなく姿で教えてくれていた。

今日という日を少し優しくするために
