春の風に揺れる、淡い記憶
春のやわらかな風が街を包む頃、ライラックはそっと咲き始める。
その小さな花の集まりは、遠くから見ると霞のようで、近づくと優しく甘い香りを漂わせる。
あの日、駅へ向かう途中で立ち止まったのは、ただ風が心地よかったから。
けれど本当は、どこかでこの花の記憶に呼ばれていたのかもしれない。

言葉にできない想いを乗せて
ライラックの花言葉は「初恋」「思い出」。
どこか懐かしく、胸の奥をそっと揺らす響きを持っている。
彼と並んで歩いた帰り道、言葉は多くなかった。
けれど、沈黙が心地よいと感じたのは初めてだった。
ふと彼が、「この香り、好きだな」と言った。
それだけで、胸の奥に小さな灯りがともる。

咲いて、そして消えないもの
ライラックの季節は長くはない。
気づけば花は散り、あの香りも風に溶けていく。
それでも、不思議と寂しさはなかった。
短いからこそ、その一瞬が深く心に残る。
春の終わり、私はひとりで同じ道を歩く。
あの時と同じ香りはもうない。
けれど確かに、ここにあった想いだけは、
静かに、そして確かに、咲き続けている。
