アイリスが揺れるたび、遠い日の記憶がよみがえる。

アイリスの花が咲く頃、私は決まって川沿いの道を歩く。少し遠回りになるその道には、小さな花壇があり、紫や青の花が静かに風に揺れている。

あの人と並んで歩いた日も、同じ景色だった。「この花、好きなんだ」と彼は何気なく言った。その横顔がやけに優しく見えて、私は何も返せなかった。ただ、胸の奥に小さな波のような感情が広がっていった。

けれど、その日を境に彼はいなくなった。理由も、約束もなく、まるで風に溶けるように遠ざかっていった。

それから季節は何度も巡り、アイリスは変わらず同じ場所で咲き続けている。まるで、あの日の想いをそっと守るように。

私はしゃがみ込み、一輪にそっと触れる。ひんやりとした花びらの感触が、遠い記憶を静かに呼び戻す。

もう戻らない時間だとわかっている。それでも、この花に会うたび、あの優しい瞬間だけは、今もここにある気がする。

 

投稿日: カテゴリー ギフトフラワー

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